餌が止められた。
何か雰囲気が違う。
雛たちは不安な夜を迎えた。
真夜中。大勢の人が入ってきて雛たちを捕まえ始めた。あちこちでピーヨピーヨと悲鳴が聞こえる。鶏は30種類くらいの発声を複雑に使い分け、気持ちを表現し、仲間と会話をするが、この声はパニック、恐怖、そして助けを求める声だった。メイは他の雛の恐怖の声を聞いて必死で逃げようとしたけれど、暗い鶏舎の中でどこに逃げればいいのか分からない。出口も分からない。身を隠すところもない。少しでもこの騒ぎから逃れられるよう、メイは隅の壁にぴったりと体をつけ、恐怖が去るのを待った。他の雛たちの悲鳴、人の足音、カゴ同士が当たった時のガチャガチャいう音。カゴがドサっと落とされ、メイは見なくてもその音だけで恐怖に陥った。息をひそめる。しかし人が近づいてきた。もう逃げることはできない。
メイは片羽で持ち上げられた。3kgになった自分の体重が片羽にかかり、メイは悲鳴をあげた。初めて経験する痛みに大きな叫び声をあげながら、狭いかごの中に押し込まれた。
それからトラックに乗せられた。格子のむこうにメイが初めて見る外の景色があった。はじめて見る世界。でもずっと鶏舎に閉じ込められていたメイにとって、道路の騒音、トラックの音はただ恐ろしいだけだった。メイが閉じ込められたカゴは狭く、立ち上がることもできない。一緒に籠の中に入れられた仲間の中にはひっくり返ったまま起き上がれない雛もいた。別の雛は捕鳥作業で足がちぎれてなくなっていた。カゴとカゴを運ぶレールの間に挟まれたのか。
大きな建物にトラックがとまった。建物の中からも雛のピーヨピーヨと叫ぶ声が聞こえる。メイたちにはその意味が分かる。「助けて!」「怖い!」雛たちは助けを求めていた。何が起こるんだろう。不安と恐怖がずっと続いていた。どこかに隠れたかった。でもどこにも隠れるところはなかった。ブロイラーの雛が安全でいられる場所など、この世界にどこにもない。
カゴがトラックから降ろされ、ベルトコンベアで順々に運ばれていった。しばらくするとメイのカゴの蓋が開き、メイは足を持ってつかみだされた。逆さ吊りにされて、メイは泣いた。雛たちはみんな泣いていた。逆さ吊りにされると膨らんだ臓器が圧迫されて苦しく、羽根をばたつかせて起き上がろうとしたが、もうどうにもならない。
もがき続けて数十秒後、メイは殺された。
体重3005g
あなたにできること
50日目の鶏舎に嘴の曲がった雛が居ました。体が恐ろしくやせ小さく、飲水器や給餌皿に長い間届かなかっただろうと思います。飢えと脱水に苦しみながら、出荷されるまで生き延びてきました。
「アニマルウェルフェア」ではこういう雛は早期に淘汰することが求められます。苦しみが長引くだけだからです。しかしそれすらもできないのが今の畜産です。一人あたり数万の鶏を管理しなければならないからです。苦しんでいる雛をすべて見つけ出すのは物理的に不可能です。
環境が良くても苦しむ
先日、福祉的な環境を用意して飼育しても、ブロイラーは苦しむと言う研究が発表されました。鶏はそれほどまでに過酷な品種「改良」が行われています。かれらは生まれながらに苦しむことを運命づけられています。それは肉にされるブロイラーだけではありません。採卵鶏はたくさん卵を産まされるようになった結果、自らに必要なカルシウムまで排出し、骨折、生殖器障害に苦しんでいます。
苦しみの根本
このブロイラー農場で働いた人は、農場で見て来た残酷な光景は「アニマルウェルフェアでは解決できない」といいます。たとえばベターチキンというアニマルウェルフェア基準は、1平方メートル当たり10羽、メイたちの鶏舎が16羽ですからかなり緩和されます。しかし一般的な常識に照らして考えると酷く過密な虐待飼育です。ベターチキンの基準では数種類のスローグローイングと呼ばれるややゆっくり成長する品種が指定されています。しかしメイたち一般的なブロイラー種の成長速度が100とすると、ベターチキンのブロイラー種の成長速度はその80%程度に落ちるだけで成長が早いことに変わりはありません。それでも、心疾患や歩行への悪影響などが顕著に減少します。
地鶏であっても生産性を目的とした人為的介入が行われています。ある地鶏では増体が進んだ結果、出荷前に足が変色し皮が破れるなどの問題が発生しています。ゆっくり成長する種であれば足の裏の皮膚炎(FPD)率が低いことが分かっていますがゼロではありません。急激に成長する種が8割にFPDが発生するのに対してゆっくり成長する種は4割です。
肉用鶏のアニマルウェルフェアはトータルにあらゆる面に配慮する必要があります。とても難しいことです。あらゆる面で劣悪で前時代的な今の日本の養鶏にとっては著しくハードルが高いといえます。
動物を飼育する上で、畜産でなかったとしても完璧なことはありません。だからこそ、提供する環境、設備、人員、人員へのトレーニング、あらゆる数値的指標など、客観的にアニマルウェルフェアを判断することが必要です。
大量生産、大量消費をやめ、動物たちの苦しみを下げることができる取り組みに今すぐ舵を切る必要があります。
工場畜産を終わらせる
今後工場畜産がしばらくは続くことを考えると、苦しみを少しでも減らすためにアニマルウェルフェアの取り組みは必須です。同時に、今、SDGsやESG投資の考えの広がりに伴い代替肉市場が史上空前ともいえるほど拡大しています。国内でも複数の著名人が畜産動物の扱いの人道的問題に言及し始めています。
今は、動物を工場に閉じ込めてきた工場畜産のシステムを崩す好機といえるかもしれません。幸い、今は多くの人がSNSなどを使っています。だれでも動物の代わりに実態を広めることができます。
動物愛護法に違反した行為
動物の愛護及び管理に関する法律では鶏は愛護動物にあたります。今日もメイたちは、動物愛護法違反の虐待を受けている可能性があります。
・死体が放置された場所で動物を飼育する行為(第44条第2項)
・水を与えずに(飲めないとわかっていて放置する)衰弱させる行為(第44条第2項)
・餌を与えずに(食べられないとわかっていて放置する)衰弱させる行為(第44条第2項)
・怪我をした雛を治療しない行為(第44条2項)
・過密な状態で飼育する行為(第44条2項)
・弱ったり疾病を抱える雛を治療せずに衰弱させる行為(第44条2項)
・雛を餓死、衰弱死させる行為(第44条1項)
・糞尿が堆積した場所で動物を飼育する行為(第44条2項)
・片羽で3kgの鶏を持ち上げ、外傷をわせる行為(第44条1項)
・カゴに安全を確保せず詰め込む行為(第44条2項)
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